フランスナイズ Oui ou Non !? ~郷に入れば郷に従いながらも、残したい日本人性~

Text by Segawa Yuta    文:世川 祐多

大阪の人は明るくて、すぐボケに乗ってくれるというように、みんながみんなという訳はなくとも、国民性、県民性といったある一定のエリアの人たちのなんとなく共通する性質というものがある。これは科学では立証しづらい概念でもある。

でも、たとえば、車が全く来ない車道でさえ、横断せずにモラルを優先するのが、日本人ならば、車が来ないなら渡るべしという合理性を優先するのがフランス人。これを国民性と言わずしてなんと言おう。

たしかに、こちらに住むと、信号無視を平気でしてしまう体になる。逆に、車が来ない赤信号を渡らずに律儀に待っている方が杓子定規でおかしい気さえしてくる。

この件に関しては、自分自身「別にまあ、人に迷惑かけてる訳じゃないし、フランスだからいいんじゃん」と思っているが、他方「こうはなりたくないし、日本人の一人としても、フランスナイズしないでおこう」という所作がある。

この最たるものは、電車や、バスで絶対に並ばないフランス人の習性である。

パリでは特に、メトロのドアが開いた途端に、降りる人を待たずに人がなだれ込んでくる。降りる人をドアのサイドによけて通り道を作ってやることなどない。

であるから、否応なしに人を押しのけざるを得ない状況になることが多い。

メトロにも日本のように乗車位置などは、マーキングされていないし、後から来た人間たちが先にホームにいた人に憚ることなく、どんどん乗車していく。

これは、地方でもバスに乗るときなどに、バスが来るやいなや、随分前から待っていた人がいて、年寄りもいるのに、それに構わず、人々がじゃんじゃんバスに乗車していくのが常だから、現代フランス人は人品において、残念な人が多いのだと思う。

この点に関しては、フランス人は、並ばないことで有名で、彼らが蔑視する中国人を非難することはできない。極めて卑しきフランス人の習性と言える。

日本社会も多々問題はあれど、例えて、記憶に新しい、東日本大震災における、秩序乱れぬ人々に対する世界中の驚きと賞賛は、日本人が秩序を重視するという国民性なのだということを再確認させてくれた。

こちらに住めば、フランス人は天変地異や戦が起きれば、人様のために、秩序のためにという心より、自分が助かり、自分が安全であればと、エゴに走るに違いないと気づかされる。

故に、日本人にとっては秩序を乱さないというごくあたりまえのことを、やたらめったら世界の国々が称揚し珍しがるのも宜なるかなと思う。

他方、フランス人のまだマシなところは、日本に観光などで来た時に、そこは日本の文化や秩序を尊重して、並んだり、おとなしくできるところにある。

きっと、本当は並ぼうと思えばできないわけではなく、やればできる子フランス人であるとは、思っている。救いようのないバカとまではいかない。

逆に日本人が海外に住むとなれば、郷の文化に溶け込み、郷の習俗にある程度従いつつも、日本人としての美徳は失うべきではないと考えている。

僕は、バカもたくさんやる。

しかし、一日本人としての自負と矜持があり、たとえフランスに住んでいようとも、30秒も車が来ない赤信号を無視するというような人様に迷惑をかけないルール違反はしたとしても、やはり所作には気をつけ、割り込んだりするという、卑賤の振る舞いに関しては決してフランスナイズされず、日本にいるときのままにありたいと思うのである。

マスヤマコムロスバゲシーンの妄想

日本では普通起こり得ないし、万一起こっても、お詫びの金品とともに、丁重にケアがあるはずであるロスバゲ。しかし、現代ヨーロッパ人の性質といえば、まず、係員は「私のせいじゃない」
と言葉と態度で突っ張ってくるはずである。であるから、こちらもそれ相応に構えて対応しなくてはならない。

日本人にも鬼畜クレーマーなど変なのはいるが、通常欧州にて、被害者が非日本人の場合、こういう時、わめき散らしたり、怒鳴り散らす光景を目にすることは多い。

また係員は、こういう問題対応にあたっては、怒鳴られるのが常だし、係員的職業は人類平等を建前とする欧州世界にあって、実際社会的地位も低いから舐められているので彼らも突っ張るし、という悪のスパイラルである。

これに我ら日本人が巻き込まれた時はどうなるのだろうか。

私はマスヤマコムを知っているが、マスヤマコムもまた、うんざりするような、ロスバケ初体験に遭遇された時、ギャーギャーわめき散らしたりする人ではないし、係員に喰ってかかったりしていないことは容易に想像できる。

九鬼周造先生のおっしゃる典型的日本人の観念「諦め」
を発動させて、諦めていたロスト中のバゲージが謎の出現を見せたところで、ラッキーと喜んでいたに違いない。

確かにロスバゲの被害など、不都合の極地であるが、日本人の所作の美は、こういうことが起きたときに、騒いでも何にもならないんだから、その運命を諦めて受け入れ、スマートに係員に対して交渉することであり、これははっきり言って世界中の人を見渡してみても、日本人ぐらいにしかできないと思っている。

コンドウツカサの久しぶりの日本上陸シーンの妄想

僕もさしてフランス語が上手くないのに、たまに日本語が出づらくなることがある。

これはフランスに居すぎて、ちらほらフランス語で、頭が考え出したという証でもある。

日本に帰れば、簡単な単語を失念してルー大柴になりかけたり、赤信号を無視しようとしたり、特に、左側通行にすぐに順応できず、横断歩道では右に首を向けて車が来ないか確認しなきゃいけないのに、左に首が動いたりおかしなことになる。

きっとコンドウ氏も日本語を話していて、言葉の合間にYou knowとか入れたくなってるのではないかと妄想する。

しかし、コンドウ氏の文を読めば彼がアメリカ風を吹かそうとしている訳ではないことに気づく。

ここはおフランスに長年おわします世川大先生が仰せのこととして受け取っていただきたいのですが、アメリカ帰りの人間が日本でどういう振る舞いをするかはしりませぬが、おふらんすの日本人が日本に帰った時に、おフランスの風を意図的に吹かそうとして、日本人を見下し、カッコつけ高飛車になるという現象が多くございます。

「きゃー、おフランスすてき!」「おパリ帰り!」みたいな、日本人の妙なフランスへの憧れが、フランス風を吹かす嫌味な人間の存在の余地を許しているわけでございましょうが、これはいかがなものかと存じます。

海外に居すぎて、その郷に上手く溶け込めたために、日本に帰った際に、条件反射的に体が動いてしまっている海外帰りの人なのか、それとも、海外に居た割には何もできないまま、コンプレックスの裏返しのように、日本で私は洋行帰りなのよの風を吹かす奴なのか、日本の皆様にぜひ香道のように嗅ぎ分けていただきたく存じます。