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50 Years Radio -牧村憲一の50年- 020

50 Years Radio、第20回は1979年のお話を伺います。

1979年前後の加藤和彦の仕事

カメリアレコード、Exプロジェクト

バハマ

ナッソー ビーチ ホテル(バハマ)絵葉書

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牧村憲一(まきむら・けんいち):1946年、東京都渋谷区生まれ。音楽プロデューサー、「音学校」主宰。ユイ音楽工房の設立に参加後、CM制作会社オン・アソシエイツ音楽出版にてサイダーのCMなどを手伝う。その後音楽制作宣伝会社アワハウスを設立。加藤和彦、大貫妙子、竹内まりや、フリッパーズ・ギターら数々のアーティストの歴史的名盤の制作・宣伝を手がけ、現在も活躍中。著書に『「ヒットソング」の作りかた』(NHK出版)、『未来型サバイバル音楽論』(中公新書ラクレ、津田大介との共著)などがある。

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50 Years Radio
企画・制作:一般社団法人MAM
出演:牧村憲一
プロデューサー:マスヤマコム
レコーディング・音楽:美島豊明
プロダクション・マネージャー:山嵜健児

 

50 Years Radio -牧村憲一の50年- 019


50 Years Radio、第19回は1978年のお話を伺います。

レコーディング時のスタッフ、協力者との記念撮影

竹内まりや(竹内マリヤ)の参加したロフトの企画アルバム

大貫妙子サード・アルバム(2018年5月23日再リリース盤)

リリース当時のミニヨン・プロモ資料

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牧村憲一(まきむら・けんいち):1946年、東京都渋谷区生まれ。音楽プロデューサー、「音学校」主宰。ユイ音楽工房の設立に参加後、CM制作会社オン・アソシエイツ音楽出版にてサイダーのCMなどを手伝う。その後音楽制作宣伝会社アワハウスを設立。加藤和彦、大貫妙子、竹内まりや、フリッパーズ・ギターら数々のアーティストの歴史的名盤の制作・宣伝を手がけ、現在も活躍中。著書に『「ヒットソング」の作りかた』(NHK出版)、『未来型サバイバル音楽論』(中公新書ラクレ、津田大介との共著)などがある。

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50 Years Radio
企画・制作:一般社団法人MAM
出演:牧村憲一
プロデューサー:マスヤマコム
レコーディング・音楽:美島豊明
プロダクション・マネージャー:山嵜健児

50 Years Radio -牧村憲一の50年- 018


50 Years Radio、第18回は1977年のお話を伺います。

レコーディングスタジオ(宝島の取材)

大貫妙子セカンドアルバム、レコーディングメンバー

当時ビクター宣伝にいた川原氏が、のちに大瀧詠一さんとともに作った「イエローサブマリン音頭」

大貫妙子セカンドアルバムのラベル

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牧村憲一(まきむら・けんいち):1946年、東京都渋谷区生まれ。音楽プロデューサー、「音学校」主宰。ユイ音楽工房の設立に参加後、CM制作会社オン・アソシエイツ音楽出版にてサイダーのCMなどを手伝う。その後音楽制作宣伝会社アワハウスを設立。加藤和彦、大貫妙子、竹内まりや、フリッパーズ・ギターら数々のアーティストの歴史的名盤の制作・宣伝を手がけ、現在も活躍中。著書に『「ヒットソング」の作りかた』(NHK出版)、『未来型サバイバル音楽論』(中公新書ラクレ、津田大介との共著)などがある。

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50 Years Radio
企画・制作:一般社団法人MAM
出演:牧村憲一
プロデューサー:マスヤマコム
レコーディング・音楽:美島豊明
プロダクション・マネージャー:山嵜健児

50 Years Radio -牧村憲一の50年- 017


50 Years Radio、第17回は1976年のお話を伺います。

設立した音楽事務所OUR HOUSE(のレターパッド)

1976年、シュガーベイブ解散

1976年10月、新宿ロフトの録音メモ

新宿ロフト、月間スケジュール

山下達郎、ニューヨーク録音メンバー

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牧村憲一(まきむら・けんいち):1946年、東京都渋谷区生まれ。音楽プロデューサー、「音学校」主宰。ユイ音楽工房の設立に参加後、CM制作会社オン・アソシエイツ音楽出版にてサイダーのCMなどを手伝う。その後音楽制作宣伝会社アワハウスを設立。加藤和彦、大貫妙子、竹内まりや、フリッパーズ・ギターら数々のアーティストの歴史的名盤の制作・宣伝を手がけ、現在も活躍中。著書に『「ヒットソング」の作りかた』(NHK出版)、『未来型サバイバル音楽論』(中公新書ラクレ、津田大介との共著)などがある。

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50 Years Radio
企画・制作:一般社団法人MAM
出演:牧村憲一
プロデューサー:マスヤマコム
レコーディング・音楽:美島豊明
プロダクション・マネージャー:山嵜健児

50 Years Radio -牧村憲一の50年- 016


50 Years Radio、第16回は1975年のお話を伺います。

センチメンタル・シティ・ロマンスのレコ発ライブ。市ヶ谷ソニー本社地下にて。

ナイアガラ・ムーンの業界誌広告。

横浜のコンサートの手書きチラシ。

シュガーベイブのセカンドコンサートのチケット。

エレックレコードのカタログ。

エレックレコードの新聞。
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牧村憲一(まきむら・けんいち):1946年、東京都渋谷区生まれ。音楽プロデューサー、「音学校」主宰。ユイ音楽工房の設立に参加後、CM制作会社オン・アソシエイツ音楽出版にてサイダーのCMなどを手伝う。その後音楽制作宣伝会社アワハウスを設立。加藤和彦、大貫妙子、竹内まりや、フリッパーズ・ギターら数々のアーティストの歴史的名盤の制作・宣伝を手がけ、現在も活躍中。著書に『「ヒットソング」の作りかた』(NHK出版)、『未来型サバイバル音楽論』(中公新書ラクレ、津田大介との共著)などがある。

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50 Years Radio
企画・制作:一般社団法人MAM
出演:牧村憲一
プロデューサー:マスヤマコム
レコーディング・音楽:美島豊明
プロダクション・マネージャー:山嵜健児

50 Years Radio -牧村憲一の50年- 015

50 Years Radio、第15回は1974年のお話を伺います。

70年代、サディスティック・ミカバンドや大瀧詠一の音楽と共に歩んだデザイン集団、WORKSHOP MU!!の全作品集。

サディスティック・ミカバンドのアート・ワーク

CM制作会社ONの楽譜。当時の譜面はON社に保管されています、サイダー♩

1974年、所属レコード会社の枠をこえて開催されていたホーボーズ・コンサートのチラシ。

1973年暮れに行われた、シュガーベイブのコンサート・チラシ。会場には大滝詠一さん、伊藤銀次さんが。

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牧村憲一(まきむら・けんいち):1946年、東京都渋谷区生まれ。音楽プロデューサー、「音学校」主宰。ユイ音楽工房の設立に参加後、CM制作会社オン・アソシエイツ音楽出版にてサイダーのCMなどを手伝う。その後音楽制作宣伝会社アワハウスを設立。加藤和彦、大貫妙子、竹内まりや、フリッパーズ・ギターら数々のアーティストの歴史的名盤の制作・宣伝を手がけ、現在も活躍中。著書に『「ヒットソング」の作りかた』(NHK出版)、『未来型サバイバル音楽論』(中公新書ラクレ、津田大介との共著)などがある。

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50 Years Radio
企画・制作:一般社団法人MAM
出演:牧村憲一
プロデューサー:マスヤマコム
レコーディング・音楽:美島豊明
プロダクション・マネージャー:山嵜健児

50 Years Radio -牧村憲一の50年- 014


50 Years Radio、第14回は1973年のお話を伺います。

001神田川 牧村がユイ音楽出版で原盤ディレクターを担当し、初のミリオンヒットとなったもの。

002ジャックス 伝説の、、、と呼ばれるロック・グループ。メンバーの一人木田高介が『神田川』のアレンジャーであり、ほとんどの演奏を担当した。(貴重なサイン集、真ん中の段に木田高介のサインがある)

003大瀧詠一ソロの雑誌広告、この時点ではレコード会社は大瀧詠一とはっぴいえんどは同列の扱いであり、解散という気配もなかった。

大瀧詠一、ご存知サイダー’73TVCM。

004ユーミン、サディスティック・ミカ・バンドも活動開始。

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牧村憲一(まきむら・けんいち):1946年、東京都渋谷区生まれ。音楽プロデューサー、「音学校」主宰。ユイ音楽工房の設立に参加後、CM制作会社オン・アソシエイツ音楽出版にてサイダーのCMなどを手伝う。その後音楽制作宣伝会社アワハウスを設立。加藤和彦、大貫妙子、竹内まりや、フリッパーズ・ギターら数々のアーティストの歴史的名盤の制作・宣伝を手がけ、現在も活躍中。著書に『「ヒットソング」の作りかた』(NHK出版)、『未来型サバイバル音楽論』(中公新書ラクレ、津田大介との共著)などがある。

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50 Years Radio
企画・制作:一般社団法人MAM
出演:牧村憲一
プロデューサー:マスヤマコム
レコーディング・音楽:美島豊明
プロダクション・マネージャー:山嵜健児

50 Years Radio -牧村憲一の50年- 013


50 Years Radio、第13回は1972年のお話を伺います。

001『はっぴいえんど』LA録音からの帰国記者会見

002大瀧詠一ソロアルバムのラフミックス・テープ

003ユイ音楽出版当時の自分。

004当時の音楽誌。『音楽プロデューサー』の特集は、その後大きな影響を与えた。
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牧村憲一(まきむら・けんいち):1946年、東京都渋谷区生まれ。音楽プロデューサー、「音学校」主宰。ユイ音楽工房の設立に参加後、CM制作会社オン・アソシエイツ音楽出版にてサイダーのCMなどを手伝う。その後音楽制作宣伝会社アワハウスを設立。加藤和彦、大貫妙子、竹内まりや、フリッパーズ・ギターら数々のアーティストの歴史的名盤の制作・宣伝を手がけ、現在も活躍中。著書に『「ヒットソング」の作りかた』(NHK出版)、『未来型サバイバル音楽論』(中公新書ラクレ、津田大介との共著)などがある。

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50 Years Radio
企画・制作:一般社団法人MAM
出演:牧村憲一
プロデューサー:マスヤマコム
レコーディング・音楽:美島豊明
プロダクション・マネージャー:山嵜健児

50 Years Radio -牧村憲一の50年- 012


50 Years Radio、第12回は1971年のお話を伺います。

001月刊誌『東京人』のフォーク特集号。第3回全日本フォーク・ジャンボリー(1971年8月)の第1サブステージ。

002その『東京人』の右上にいる24歳の自分。

0031971年、世界歌謡祭のグランプリ受賞曲『出発の歌』のシングルのジャケット。このヒットがBellwood レコードの設立の原動力の一つとなった。

004当時通ったロック喫茶、渋谷BYGの広告が出ているニューミュージックマガジン誌。

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牧村憲一(まきむら・けんいち):1946年、東京都渋谷区生まれ。音楽プロデューサー、「音学校」主宰。ユイ音楽工房の設立に参加後、CM制作会社オン・アソシエイツ音楽出版にてサイダーのCMなどを手伝う。その後音楽制作宣伝会社アワハウスを設立。加藤和彦、大貫妙子、竹内まりや、フリッパーズ・ギターら数々のアーティストの歴史的名盤の制作・宣伝を手がけ、現在も活躍中。著書に『「ヒットソング」の作りかた』(NHK出版)、『未来型サバイバル音楽論』(中公新書ラクレ、津田大介との共著)などがある。

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50 Years Radio
企画・制作:一般社団法人MAM
出演:牧村憲一
プロデューサー:マスヤマコム
レコーディング・音楽:美島豊明
プロダクション・マネージャー:山嵜健児