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初めてのロストバ◯◯◯

Text by Masu Masuyama 文・写真:マスヤマコム

旅にトラブルはつきもの。笑い話で済むレベルのものもあるし、危険な事故に近いものだってあるだろう。日本に居ると、あたり前に享受している「便利さ」や「正確さ」が、実は海外ではほとんど期待できない、というのは少しでも海外に出たことがある人なら同意していただけるだろう。

ドラマな日々

8月末、かけ足でスペインに行ってきた。目的はひと月後にあるショートムービーの撮影のロケハン、である。目的地はバルセロナなのだが、日本からの直行便はマドリッド行きしか無いので、まずはマドリッドで1泊。翌日、空港に行き、時間があったので軽く食事することにした。カウンターに立派な生ハムの切り出す前の状態(何て言うのだろう?要は「豚のモモから足の部分」だ)をいくつも置いた店があったので、座ってみる。

生ハム(ハモン)を含めて、4品の注文をすると生ハムとミネラルウォーター以外の2品はすぐに出てきた。のどが渇いてきたので、ミネラルウォーターを催促。出てきた。しかし、生ハムが出てこない…。搭乗の時間も迫ってきたので「あぁこれがスペインだ…」と自分を納得させながら、英語があまり通じないサービスのオバちゃんに「チェックしてください。でも生ハム来なかったから、それはキャンセルで!」と強く言いつつ席を立とうとすると、たまたま私の右隣り居たオッちゃんが、私の前に自分が食べている生ハムの皿を差し出し「食べなよ」とジェスチャーで言ってきた!かなり賑やかなオープンスペース作りの店で、私は彼の逆側を向いてオバちゃんに「キャンセル」と言っていたのに、よく聞こえてるもんだな、と思いつつ、嬉しいサプライズに感謝して、一切れだけつまませてもらった。

バルセロナの空港に着いて、バゲッジクレームで荷物を待つ。なかなか出てこない…。今までの人生で、荷物をチェックインして飛行機に乗ったことは、数百回あると思うのだが、バゲッジが出てこなかったことは1度も無い。バゲッジが何らか理由で「ロスト」する確率は、2016年の統計で0.65%。計算すると約150回に1回だから、確率的には正しい?いやいや…などと時間をつぶしていても出てこない…。同じ飛行機に乗っていた乗客が十数人、私と同じように「やれやれ…」という顔をして荷物の出てこないベルトを見つめている。ついにターンテーブルは止まり、空港の職員がピックアップされなかった荷物を集め始めた。

私もあきらめて、バゲッジ関連サービスと書かれた窓口の長い列に並んだ。実は、乗ってきた飛行機は4時間遅れており、すでに23時を回っている…。ロストバゲッジ。私には初めてでも、窓口の職員にとっては日常だ。事務的に連絡先などを告げ、書類を受け取り「通常、明日にはお届けします」という言葉に少しだけ救われる。

スーツケースを持たず、トボトボと出口に向かいながら「万が一」と思い、自分の荷物が出てくるはずだったターンテーブルを見ると、遠くの方に数個、荷物が放置されている。さっき荷物が出てくるのが止まった後、次の便の荷物が出てくるくらいの時間は経っている。どうせ違うだろう、と諸行無常な気分で近づくと、1つめ、2つめ、3つめ…あった!!生ハムといい、バゲッジといい「トラブルの後の救済」という典型的なドラマを、毎日のように体験させてくれる。さすがダリやピカソを生んだお国柄…(これは皮肉ではない)。


前向きなあきらめ

バルセロナでは、泊まっていたAirbnbのエレベータがちょうどチェックアウト時に止まり、7階から手持ちで26kgの荷物を降ろさなければならない…という問題があった他は(その後、数日は筋肉痛)まぁまぁ順調にコトは進み、帰国する日になった。バルセロナから日本へは、北へ向かう方が距離的には近いのだが、スペイン往復の直行便を選んだため、いったん南へ、マドリッドまで国内便に乗らなければならない。通常は国内便から国際便でも、乗り継ぎの空港で荷物は航空会社が載せ替えてくれるのだが、チェックイン時に「これは(国内便と国際便の)予約が別々だから、マドリッドでいったん荷物をピックアップして、再度ドロップしてください」と言われた。めんどうだが、仕方がない。幸い、ターミナル間の移動は無いようなので、少し手間がかかるだけだ。乗り継ぎ時間は2時間近くある。

ゲートから搭乗までもスムース。予定より10分くらいは遅めだが、これくらいは普通のことだ。しかし、搭乗してからまったく動かず、アナウンスも無い。中央に1つしか通路が無い小さい飛行機で、私は前から5番目くらいの列に座っていたので、よく見えたのだが、いったん閉じていた機外へのドアが再び開けられ、蛍光色の作業着を来た技術職員らしい男性が複数乗ってきて、コックピットへと消えた。

10分経っても20分経っても、まったく進まない…。アナウンスも無い。機内の男性CAが、何人かの乗客にスペイン語で話しかけている。私はスペイン語はわからないので「荷物をピックアップする時間が…」とイライラしつつも、どうすることもできない。30分、40分…ついに1時間経ってしまった。最悪の場合は、マドリッドの空港で1泊か?!などと思いつつ、まだ待っていると、男性CAが英語で話しかけてきた

「東京に行かれるんですよね?」

「そうです」

「これはお客様が選択されることですが…荷物を受け取って再度載せる時間が無さそうです。荷物は、そのままにして、お客様は東京行きの搭乗ゲートに向かわれるのがベストかと思われます」

「え?!あ…はぁ」

私自身も、当然、そういう選択肢も考えなくはなかったが、どうしても「自分の荷物をあきらめて、空港に放置する」という行為のイメージがわきにくく、荷物を優先して空港に1泊?とと思っていたのだ。まさか、航空会社側から「それ」を勧められるとは…。

結局、マドリッドには1時間以上遅れて到着。私以上に困った顔の「メキシコ行き乗り継ぎ」の乗客は、降りたとたんに走り始めた。私は、荷物さえ無ければ、そこまであわてる必要も無いので、東京行きのゲートに向かう。機内で言われたとおり、ゲートの職員に「バルセロナからの便から、東京行きに、荷物を載せ替えてもらえないだろうか?」と一応打診してみたものの「無理ですね」と一言。

成田には定刻に着き、ターンテーブルで航空会社の職員にバゲッジのタグを見せつつ状況を説明すると、さすが日本、大変恐縮しながら手続きを進め、税関にも一緒に来てくれた。考えてみれば、1週間のヨーロッパ旅行から戻ってきて、背中のバックパックひとつ、というのもかなり怪しい。バゲッジには急いで必要なものは何も無く、都内の自宅に戻れば、当然、生活に必要なものはそろっているので、まぁ無事に帰って来られたからよかった、無料でバゲッジ届けてもらえるのは、ある意味ラッキー…などと思いつつ、成田エクスプレスに乗った。

それにしても、人生「初めてのロストバゲッジ」が「自主的なロストバゲッジ」になるとは、想像もできなかった…。

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本文は以上ですが、ツカサくん、マドリッドの信号は「LGBT仕様」になってました!

ちなみに、バゲッジが自宅に着いたのは、帰国後4日め。早いのか遅いのか、よくわかりません 笑。

「とりま。」始めました。

Text by Masu Masuyama 文・写真:マスヤマコム

「とりま。」とは、NY/トロント在住の脚本家、近藤司(こんどう・つかさ)、パリ在住の歴史研究者世川祐多(せがわ・ゆうた)、東京をベースに年に3ー4ヶ月は海外に居る投資家/コンテンツ・プロデューサーのマスヤマコム、という3人をメインとして、月に数回のペースで文章を公開してゆく企画の名前である。

カチッとしたテーマがあるわけではないが、日本生まれ、育ちながら海外在住/経験が長い3人なので、必然的に海外の話題が多くなるだろう。ただ、単純な海外体験、旅行記ではなく、結果的に日本や日本文化が「相対化」して見えたり感じたりできるように意識はしている。

作家の佐藤優が『世界史の極意』(NHK出版新書)という本で、ロシアとイギリスの「世界史の教科書」(中高生向け)を比較している。簡単にいうとロシアは「ロシアにとって有利な論理」を展開しているのに対し、イギリスの教科書は「歴史を相対化して、過去の間違いから学ぶ」という姿勢を徹底しているのだ。佐藤優は「歴史認識としては、イギリスの方が圧倒的に強い」としている。なぜなら、イギリスは「自分の弱さを自覚した上で、今の時代(原文では“新・帝国主義の時代)への対応を模索しているから」である。

「とりま。」でも、その意味で「日本を相対化して見えるように」しようとしている。といっても、難しい話ではない。私(マスヤマ)が、海外に行くことが多いと言うと、ほぼ自動的に「いいですね〜」という社交辞令のようなホンネのようなリアクションがあるのだが、それに対して私は「海外に行けば行くほど、日本での生活、習慣、文化の素晴らしさを実感しますよ!」と答えることにしている。これも、ひとつの「相対化」と言えるだろう。

なお「とりま。」というのは「トリオ(3人組)」という単語をいじっているうちに出てきたネーミングであり、どう解釈していただいてもかまわない。とりま、始めました。

どうやって人と出会うのか?パリもお江戸も都市民はつらいぜ

Text by Yuta Segawa   文:世川祐多

私は2012年の秋に単身東京からパリへと渡った。東京やパリ生まれは別として、本物の江戸っ子や、巴里っ子が少ないように、普通、大都市には学業や仕事のため、単身者が集まってくる。

友人もいない街で、単身であるということは、孤独である。それを逃れるには人と会うしかない。夜遊びに繰り出すなり、自分の居場所を見つけるなり、人と触れ合おうとしていかなくては、人と出会う第一歩は生まれない。

江戸は、勤番侍や出稼ぎの農民などで溢れかえる、男過剰の独身男の街であった。今の東京も多くのシングルの男女が溢れかえる。パリもそう。半分は独身。これは昔も今も大都市の宿命と言える。

大都市では人とどうやって出会うのか? 〜ダイレクト編〜

大学。

博士課程では、そもそも博士課程の学生が数えるほどしかいないし、決められた授業もないから出会いは少ない。しかし、フランス人はほとんど修士課程に進んでから就職していくので、修士課程までは、学生仲間がたくさんいて、友情でも恋愛でも気の合う人との出会いがある。

こういうように博士課程でなければ、大都市でも学校が出会いの場になる。パーティーなんかに呼ばれれば、友達の友達へと出会いが広がる。

趣味。

スポーツやジャズといった音楽など、自分の趣味を通して、友達が増える。ホームパーティーなどに呼ばれて、さらに友達の輪が広がるというパターン。恋愛もあり。

職場。

職場の同僚と友達になるというのは、仕事は仕事だから難しいが、職場恋愛からの結婚というパターンは日本同様に多い。学生を終えれば出会いの場などそうそうないから当たり前。

といえども、ダイレクトな出会いで、気の合う仲間やドストライクな恋愛相手に出会うことは難しい。

大都市では人とどうやって出会うのか? 〜インダイレクト編〜

これは、主だって恋愛相手を求める人間が使うが、現代においては多種多様な出会い系サイトが溢れている。

セフレ募集。不倫相手募集。真面目な出会い。ホモセクシャルの出会い。アジア人専門・アラブ人専門・黒人専門・エリート限定など的を絞って対象を選別する出会い。

様々なサイトやコマーシャルがテレビでもメトロの広告でも溢れている。

さあ、しかし、ネットという気軽な媒体での出会いがここまで進化したのに、パリっ子の半数は未だ独身。これはどういうことか。

本当の友達、この人だという恋愛相手に出会う難しさ

みんながみんなそうではないが、普通、学士修士の大学生は、思春期から大人になり、酒を覚え大都会の夜遊びを覚えたてだから、にこやかに生活を謳歌し、友達も増えるわ、恋愛も順調。

問題は彼ら以外の大人たちの出会いである。

博士課程になると、人がいなくなり、研究仲間は会社の同僚のようなもので、通常友達という訳でもないし、内向的な人も多いから、それまでの学生生活とは違ったハリのないものになる。数人の仲間の中で、こいつ面白いな、この人いいな、というものは普通ない。研究者なんてそんなもの。

また、大都市に色濃くなる問題として、いつも人口過多の街で息苦しく、日々の生活に追われ、満員電車に乗り、狭い家に暮らし、疲れ果てるというストレスがある。

さらに、太陽不足を補うビタミン剤を飲まなくてはならないほど、秋冬春先に太陽のないパリの人間なんて、みんなイライラして、疲れて、日本同様鬱や自殺のオンパレード。そういうストレスを溜め曇った表情の気質の人に、いい出会いは訪れない。

人間は通常心身ともに健康で英気が満ち溢れ、自然とにこやかにいる時にこそ、様々の楽しい出会いの連鎖が起こっていく。

でもパリにはパーティーが多い。それは、少しでも誰かと出会いたいという人間の本能だろう。

しかし、パリのパーティーは、疲れ切った大人たちの酒肴を介した表面的なご挨拶パーティーになることが多い。「あなたはどなたのお友達で?」「何をされて?」「ご出身は?」「左様ですか、興味深うございまして。」という口上の連続。

僕はといえば、薄っぺらいことが嫌いだから、嗅覚を働かせて面白そうな人を探す。いちいち全員に表面的な挨拶を交わしても疲れるだけだし、満遍なくは無理。来られたら別として、こちらからは面白そうな数人、あるいは目があった女に絞る。心身ともに不健康そうな人は見りゃわかるし、目が淀んでいるから、できるだけ生き生きした目の人に近づく。

パリにはオンラインの出会いサイトが溢れているが、やっている人に聞くと、中には運命の相手を見つけたという人もいない訳ではないが、ほとんど戦果がイマイチだという。

「会ってはみたけれど。」「少々お付き合いしたけれど、やっぱり違った。」「体目当てのクソ野郎だった。」などという声を多く聞く。

フランス人は本来保守的だから、新しいものがアメリカのようにはすぐには発展しないのかもしれない。そして、相手をまずはよく見るし、警戒心も強く、同様に、ロマンチストでもあるから、やはりダイレクトな出会いを心の底では欲している。

すると、この花の都の人の渦、忙しない時の流れに比例する表面的な出会いの連続の中で、気の知れた友達の新規開拓、心底惚れて付き合いたい恋愛相手に出会うことは、一層むずかしくなるのである。

ロマンティックのかけらもないオンラインの軽さと、出会いたいのに出会えない、けどダイレクトに出会いたいという絶妙のラインを行くために、東京で流行っているとかいう相席居酒屋とか、街コンとか、そういうのがフランス人には合っているのではと思うのである。

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司さんの文を読んで、もちろんダイレクトな出会いにこだわる人もいるでしょうが、アメリカは合理的ならどんどん機械的なものの恩恵を躊躇なく受け入れて行くのだろうなという雰囲気が感じられました。

メリケンさんたちならいつの日か、ネットの出会いの時代も終わり、ポストモダンが来たら、出会うこともやめ、全て遠隔の人工授精で子孫を残すんじゃないかとか妄想してしまいます。ダイレクトな快楽は脳内のICチップがしてくれるからもう良いと。

他方、ネットの活用やネット上での出会いが隆盛なアメリカの、こういう合理化をどんどんやってしまう精神性が、アメリカのダイナミズムを生むのではなかろうかと。

アメリカという国にも住んでみたいなとも思う。けれど、英語を極めるなら、ロンドンだよなとも思うし。悩ましい。

恋愛はオンラインがスタンダードに。あなたの運命の相手は何ヘイター?

Text by Tsukasa Kondo    文:近藤 司

2008年9月4日に私はスーツケース一つを持って、演劇学校に通うために渡米しました。ニューヨークのJFK空港に降り立った私のスーツケースの中には学生時代に2万円払って購入した電子辞書が入っていました。子どもの時から英語を使う環境で育ったため英語には自信があったものの、いざアメリカ生活を始めたらきっと知らない単語がたくさんあるに違いない。学校や役所でパッと調べられたら便利なはず。そう思って持ってきた電子辞書でしたが、予想通りあらゆる場面で大活躍でした。

 「昔は紙の辞書しかなくて大変だった」

ニューヨークで知り合った日本人の方々が「私が渡米してきた時は紙の辞書しか無かったから、いちいち辞書を引くのも大変だった」と言っていたのをよく覚えています。若い読者さんのために説明しておくと、私は1984年生まれで当時は24歳。「紙の辞書しかなくて大変だった」と言っていた人だって私よりも8歳年上なくらいでした。

 そんな中、先日購入した日本行きの航空券。特に選んだわけではなかったのですが、9月5日の便です。午前1時の便なので9月4日のようなものです。ちょうど10年たって太平洋を逆方向に渡る私のスーツケースにはもちろん、電子辞書は入っていません。英語が上達したからではなく、スマホで何でも調べられるようになったからです。

 スマホで英単語を調べている留学生を見たら、「私が渡米した時は電子辞書しか無かったから大変だった」と私だって苦労自慢できる時代になったわけですね。「テクノロジーの発展」という言い回しは何十年も使われてきましたが、考えてみると私達が一つのテクノロジーについて語る時間は非常に短いものです。

 There’s an app for that(それやってくれるアプリあるよ)」

 テクノロジーの盛衰と共に、言葉もまたその形を変えていきます。「辞書を引く」という表現が日常会話から消えてしまったのと同じように、8年後には「ググる」なんて言葉は誰も使わなくなっているかもしれません。

 私が渡米してからの3年ほど、ひたすら耳にした表現が「There’s an app for that.(それやってくれるアプリあるよ)」でした。iPhoneが爆発的に人気になり、成功したアプリ会社がいきなり何十億、何百億円もベンチャーキャピタルからお金を集めた、なんて話が新聞を賑わせ始めた時代です。「部屋探し?There’s an app for that.」「地下鉄の時間しらべる?There’s an app for that.」「タクシーつかまえる?There’s an app for that.」といった具合です。それまでの日常生活のちょっとした作業をアプリで簡略化する、ということが爆発的にテストされた時期でした。

 There’s an app for that.」というフレーズは全国的なトレンドとなり、セサミストリートもそれをモチーフにしたエピソードを作っています。

面白いのは、アプリ自体がさらに一般化したことで、今となってはこのフレーズを聞かなくなったことです。アプリという存在が新しかったからこそ、人々が「まだ国際電話なんてかけてるの?There’s an app for that.」と日常生活にアプリを導入するという作業を細かくする必要があったわけです。今ではアプリはしっかりと定着し、通信、エンタメ、交通、旅行、とそれぞれのカテゴリーで高いシェアを誇るアプリが確立しています。「それ、アプリでできるよ」と紹介する必要が無くなったわけですね。

 オンラインデートが変える、人類史

 アプリが代替したものはたくさん存在しています。そんな中でも特に、人間の歴史に残る大きなインパクトだ、と私が個人的に思っているのが「恋愛相手との出会い」、すなわちデート・アプリです。性格や趣味に関する質問にいくつも答えて、アルゴリズムが相性が良い可能性の高いデート相手を提案してくれるようなものから、ただ画像だけを右と左にスワイプしていくものまで、様々な人気アプリが世に出ています。アジア人向け、ユダヤ人向け、と対象ユーザーを絞ったものもあれば、「真剣な交際を考えている人だけ(カジュアルなセックス目的じゃない)」と目的を絞ったものもあります。

 基本的なシステムはどれも同じです。アプリ上で画像とプロフィールを見て、お互いに気に入ればマッチ成立。メッセージを交換します。チャットを通して会いたいと思えばデート。という流れです。1日に大量のユーザーのプロフィールと画像をチェックして、効率的に自分に興味を持ってくれる人を探すことができます。一般人の恋愛相手探しが、突然に指数関数的に効率的になったわけです。これが社会に影響を与えないわけがありません。

 (ウェブ・アプリによる)オンライン・デートが社会に与える影響に関する研究はまだ新しいものですが、すでにアメリカでは異性愛者間では「友人を通じて会う」に次いで二番目に多い出会い方となっており、同性愛者間では群を抜いて一番多い出会い方となっています。アメリカでは現在、結婚するカップルの1/3はオンラインで出会ったとされています。また従来のデート候補との出会い方とは違って、オンライン・デートでは相手は共通の友人などもいない、全くの他人であることが多く、交流が全くない社会的なグループを結びつけるという効果を生んでいるようです。異なる人種間の結婚も増えることが予想され、さらにはオンラインデートが存在している社会における結婚の方が強固であるというモデル・シミュレーションも出ています。オンライン経由での出会いから成立したカップルの結婚が一般化すればオンライン・デートに関するイメージも良くなり、さらに利用者は増えるでしょう。なにせほとんどのサービスが無料、かつ誰しもがスマホを持っている時代です。何回かクリックするだけで、もしかしたら運命の相手と出会えるかもしれない

 どうでしょう。「私の時は、リアルで出会わないと恋愛できなかった」と苦労自慢する時代がすぐ近くまでやってきているように思います。

「オレの彼女、アンチ巨人ファンなんだ」

いろんなコンセプトの物が作られてきたデート・アプリですが、個人的に面白いなと思ったのは元ゴールドマン・サックスの従業員によるアプリ「Haterです。Haterとは「嫌う人」の意味。ただ文句ばかり言うような人をまとめて「Hater」と表現することもあれば、特定の物を嫌っている人を◯◯Haterと表現することもあります。

このデート・アプリ、好きな物が同じ人をマッチングするのではなく、嫌いな物が同じ人をマッチングするというコンセプトです。どうですか。確かに好きな物よりも嫌いな物の方が相性を測る上では正確な気がしないでもないですよね。趣味が一緒じゃなくてもいい、お酒やコーヒーが好きじゃなくてもいい、好きな映画が同じじゃなくてもいい、「巨人ファン/阪神ファンが大嫌い」という一点で同意できたら相性が良いことが分かる!という感覚でしょうか。

日本でも人気のテイラー・スウィフトの「Shake It Off」という歌では「And the Haters gonna hate, hate, hate, hate, hate(嫌う人は何やっても嫌ってくる)」と歌詞にHaterが使われています。皮肉にもアプリ「Hater」を紹介する記事では共通の「Hate」ポイントの例としてテイラー・スウィフトが使われていますが

しかし新しいデートアプリが次から次に出てくるということは、恋愛相手を上手く見つけている人もいる一方で、新しいアプリを必要としている人もいるわけです。「ニューヨークで恋愛するのは難しい」とは良く言われます。理由は人によって違うでしょうが、多くの人が同意するのは「Everybody is looking for the next best thing.」というもの。The next best thingは「次のベストな物」。つまりちょっと相性が良い人が見つかっても「もっと良い相手」が見つかったらそっちに移りたい、と皆が思っているということです。ニューヨークという上昇志向な街に集まる高スペックな人々によるデート市場ではこの気質も強そうです。相手に自分こそが「the best thing in townfor me)」だと思ってもらわないといけない。アプリによってデート・システムがさらに効率化することで競争は一層熾烈になっているのでしょう。

 #私の運命の相手はこれが嫌いなはず

 もしも「自分の運命の相手が嫌いだったらいいなと思う物をリストアップしなさい」と言われたら、皆さんは何を挙げますか?#私の運命の相手はこれが嫌いなはずハッシュタグを使ってツイッターやFacebookで教えてください。

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 と、本文はここまでです。ちなみにマスヤマさんの前回のエントリーの冒頭では「死ぬまでに、一度(あるいはもう一度)行ってみたい場所は、どこですか?」という質問が投げかけられていました。なかなか答えるのが難しい質問ですね。私にとっては「死ぬまでに、おそらく一度も行かない場所」という質問に答える方がずっと簡単です。

 私はゲイなので、ゲイであること自体が違法であり死刑にもなりうるサウジアラビアやイランに行くことはまず無いように思います。死刑にならなくともホモフォビアが強いとされているロシアやアフリカの国には進んで行くことは無いように思います。人生は短いので、限られた時間を使って旅行に行くのであれば、マスヤマさんが挙げていたような「LGBTにフレンドリーな場所」の中から自分が興味のある場所をピックアップして訪れると思います。パートナーのことを友人、と嘘をついて紹介しないといけない。手をつないでいたら後ろから殴られて殺されるかもしれない。なぜわざわざそんな恐怖を克服してまで旅行しないといけないんだと、つらつらと書いてみるとなぜデートアプリ「Hater」が開発されたかがピンときます。

 好きなものが好きな理由を説明するのは難しいですが、何かに対して自分が強固に「NO!」と言える時、それを説明するのは実に簡単です。自分が絶対にNO!と言うものを説明して恋愛相手を探すというのは、実はかなり奥深いものがあるのかもしれません。それがアンチ巨人であれ、アンチ阪神であれ。

 

 

 

 

目黒はカリブ海にあり

Text by Masu Masuyama 文:マスヤマコム

「死ぬまでに、一度(あるいはもう一度)行ってみたい場所は、どこですか?」

このテーマを軸に企画、編集された旅の本や写真集、Webサイトなどが、ここ数年、ブームから定番になりつつあると言っていいほどの広がりを見せていることもあり、いわゆる旅行好きでなくても、頭のどこかにある質問かもしれない。

ハワイ、ニューヨーク、パリ、モン・サン・ミッシェル、ウユニ塩湖、絶景ポイント…etc.。写真や動画では、逆に見飽きているような場所でも、実際に行ったことがある場所というのは、かなり限られているものだ。「行きたい場所は、特にありません」という答えは、達観したように聞こえなくも無いが、マンガや映画、アニメや小説という「物語」の世界を少しでも楽しむことができる人は「ここではないどこか」に行きたい願望がゼロだとは言えないと思う。もちろん、そこには実在しない場所や時間軸の違う「どこか」も含まれるが。

ここでは「実在する場所」に限ってみよう。国内外を問わず、自分が定住しているエリア以外で、ある程度の時間とおカネがあれば行けるところ(この時代、宇宙!という人が居るかも…)。その中で「一度は行ってみたい場所」をイメージしてみることは、アームチェアトラベラーの究極の楽しみではないだろうか。私の場合、そのひとつが「バハマ」だった。その理由は、あるレコーディング・スタジオの存在である。

バハマの中森明菜

「コンパス・ポイント・スタジオ」。70年~80年代のポップ・ミュージックが好きな人であれば、聞いたことがある名前かもしれない。そこでレコーディングされた楽曲から、私の好きな曲を並べてみよう。

Third World – “96 Degrees in The Shade”

Talking Heads – “Thank You For Sending Me An Angel”

The B-52’s – “Rock Lobster”

Roxy Music – “More Than This”

私は、FMラジオで番組をやっている(企画・構成・出演)仕事がらもあり「自分の好きな曲」については日常的に(しかも深く)考えている。そして上に挙げた4曲(あるいは4枚のアルバム)は、シンプルに「ムチャクチャ好きな」楽曲たちなのだ。もちろん、スタジオが名曲を生み出すわけではない。アビイ・ロードで録ればビートルズではないし(当たり前 笑)、ストーンズのモービル・スタジオで録れば…(以下略)。それを大前提にするにしても、コンパス・ポイント・スタジオで作られたレコードには、少なくとも私にとっては至上の名盤が多い。

素晴らしい楽曲が生まれるかどうか…音楽レーベル、プロデューサー、ミュージシャン、エンジニアなどの力量やセンスは当然として、リリースされるタイミングもかなり大事な要素だと思う。前者が「人の和」、後者が「天の時」だとすれば、スタジオは「地の利」になるだろうか?コンパス・ポイント・スタジオの「利」を求めて、古くは1979年に加藤和彦が、80年代には中森明菜や南野陽子といった歌謡曲勢も、90年代には吉田拓郎も、バハマまで飛んでレコーディングをしている。

しかし「カリブ海にあるバハマ諸島」といっても、その正確な位置や行き方、社会状況などをググらずに答えられる人は稀だろう。私も、今回、初めて行ってみるまで「NYから3時間」で行けるほど近いとは知らなかったし、行ってみてようやくピンと来た「実感」も少なくない。

バハマの目黒

まず、単純に言うと「ビーチリゾート」である。直行便ならNYから3時間、アトランタからなら、なんと2時間で着いてしまう。白い砂浜と青い海、充実したホテル群、カジノもある。さらに、ハワイよりはるかに広いエリアに、なんと700以上もの島しょ郡がある(人が住むのは30程度)。英連邦の加盟国なので、イギリス的な英語が使われ、マナーやドレスコードもアメリカよりきびしく、クルマは左側通行、君主はエリザベス女王である。

サラッと書いてしまったが、「アメリカ」と言っても、NYやカリフォルニア、ハワイくらい。中南米もざっくりと「スペイン/ポルトガル語圏」としてしかイメージしていなかった私にとっては「カリブ海にイギリス(的な場所)があった」というのは、軽いカルチャーショックでさえあった。イギリス的であることの意外な側面を強烈に体験したのは、1泊めの夜だった。ホテルのレストランはバカ高い割に大したことはない(推測)ので、口コミサイトで評判がいいスペイン料理の店に向かうことにした。沖縄本島とほぼ同じ緯度に位置するバハマだが、夜には気温27−28度程度。真夏の東京よりは、よほど快適である。ホテルの正面口から、タクシーを呼んでもらう。クルマはホンダ、右ハンドルで、運転手はガタイのいいアフリカ系のオバちゃん、服装もピンクで派手、トークも陽気である。ここまではいい。オバちゃんが言い始めた。

運「このクルマは日本のクルマなのよ。日本のクルマいいわよね。ところであんた、日本から来てるなら、日本語わかるでしょ?」

私「うん、わかるよ」

運「じゃあさ、ちょっと私のラジオ直してくんない?日本語でしか出てこないからわかりゃしない!」

私「え?何?壊れてるの?(意味がわかっていない)」

運「そうじゃないのよ、今、停車するから、アンタ助手席に来て、見てみてよ」

私「??(停車して助手席に乗り込む…)え?このカーナビ、なんで現在位置が『目黒』になってんの?!これって、東京の俺んちの超近所なんだけど!?」

運「だから言ってるじゃない、日本語しか出てこないのよ!ラジオ聴けるかしら?」

私「(だんだん状況がわかってくる)このクルマ、カーナビだけじゃなくて、いろんな表記がみんな日本語だ!日本の車検のシールまで貼ってある、笑。そっか、これ中古車を輸入して、そのまま使ってるんだ!笑」

運「何ゴチャゴチャ言ってるのよ、ラジオ聴けないの?」

私「これ、日本国内仕様のカーナビ(ラジオ含む)だから無理だと思うよ…。それにしても、よりによってカリブ海の真ん中で『目黒』って、なんかSF映画にでも入り込んだ気分だよ(この間、私ずっと笑)」


要は日本の中古車は、右ハンドルなので、世界では数少ない「左側通行」に向いており、バハマのような英連邦の国では人気なのだ。実際、日本中古車輸出業協同組合の統計を見てみると、2016年には約120万台の中古車が、日本から海外に輸出されており、輸出先のトップ30にはニュージーランド、ケニア、マレーシアなど左側通行の国が多い。バハマも29位に入っていて、年間6,000台以上の日本車が輸入されている。その後、別のタクシーに乗ったときも、同じような日本語表記の中古車だったから、それなりに人気なのだろう。人口比で計算してみたところ、日本国内の新車(国産車)は、1年に日本の人口の約5%に売れているのに対し、バハマでは人口の約2.5%に日本中古車が売れている計算になる。

(物価が高い以外は、ほぼ)完璧なビーチリゾートに来て、日本の中古車輸出状況を知るために電卓を叩くとは、まったく予想をしていなかったが、旅のおもしろさは「セレンディピティ」(良い意味での偶然の出会い)にあり、というのが私の持論である。これでまた、私のSRD(Serendipity)ポイントが(多分)5上がったと思う。死ぬ前に、来られてよかった。

2018年8月某日 文・写真 マスヤマコム


本文は↑まで、なんですが、このエッセイというか文章は、東京ベースの私(マスヤマコム/投資家・コンテンツP)、NY(トロント)ベースの近藤司さん(コンドウ・ツカサ/脚本家)、パリベースの世川祐多さん(セガワ・ユウタ/パリ第七大学博士課程日本近世史専攻)のリレー形式で続く予定なので、次の書き手に向けて、ちょっとパスを出しておきます。

ツカサくん、

遅くなりました。原稿はこんな感じです。少し前にチャットでこのページ(ゲイにとって旅行しやすい国かどうかのランキング。上位がしやすい国)のことを聞きましたが…

あれは軽い前フリでした。バハマは約200カ国中の121位で、まぁぶっちゃけかなり下の方ですね。上に書いた「コンパスポイント・スタジオ」は2010年にクローズしているんですが、その理由はWikipediaによれば下記です。

“The Nassau studio was closed in 2010 due to the Bahamas changing political and social positions; homophobia as a main point. Many of the artists from around the world who record at Compass Point were being placed in a more and more threatening and dangerous environment.”

これに触れても触れなくても、どちらでもかまいませんが、「伝説の」レコーディング・スタジオの閉鎖理由が、(まぁ経済的なこともあるんでしょうが)これ、というのは、軽いショックでした。では、近いうちにNYで。

マスヤマ

 

Masu Hiroshi Masuyama

桝山寛(マスヤマ・ヒロシ)/ラジオ等では「マスヤマコム」名義/Masu H. Masuyama in English
個人投資家/コンテンツ・プロデューサー

主な仕事:不動産投資(東京、NY、LA、ハワイ、シドニー)、金融商品投資、スタートアップ投資(スマートニュース社など)、エンタテインメント投資(アニメ映画『この世界の片隅に』(日本アカデミー賞受賞)、NYミュージカル『Trip of Love』など)。ラジオ番組、Inter FM 897『music is music』企画・構成・出演。Corneliusのサウンド・プログラマー美島豊明との音楽ユニット『mishmash*』では3枚のCDを発表している。

非営利団体、一般社団法人MAM、代表理事。慶大教授の大和田俊之をコーディネイターとする音楽レクチャー・シリーズ。NY在住のジャズ作曲家挾間美帆の新作CD。NYの非営利団体ジャパン・ソサイエティの映画祭『Japan Cuts』。NY医科大のガン研究。〜などへの助成を行っている。

50 Years Radio -牧村憲一の50年- 013


50 Years Radio、第13回は1972年のお話を伺います。

001『はっぴいえんど』LA録音からの帰国記者会見

002大瀧詠一ソロアルバムのラフミックス・テープ

003ユイ音楽出版当時の自分。

004当時の音楽誌。『音楽プロデューサー』の特集は、その後大きな影響を与えた。
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牧村憲一(まきむら・けんいち):1946年、東京都渋谷区生まれ。音楽プロデューサー、「音学校」主宰。ユイ音楽工房の設立に参加後、CM制作会社オン・アソシエイツ音楽出版にてサイダーのCMなどを手伝う。その後音楽制作宣伝会社アワハウスを設立。加藤和彦、大貫妙子、竹内まりや、フリッパーズ・ギターら数々のアーティストの歴史的名盤の制作・宣伝を手がけ、現在も活躍中。著書に『「ヒットソング」の作りかた』(NHK出版)、『未来型サバイバル音楽論』(中公新書ラクレ、津田大介との共著)などがある。

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50 Years Radio
企画・制作:一般社団法人MAM
出演:牧村憲一
プロデューサー:マスヤマコム
レコーディング・音楽:美島豊明
プロダクション・マネージャー:山嵜健児

mim レクチャー #05 渡辺志保さん 資料集

    「米ヒップホップ・シーン、ヒットの仕組と傾向」
    インターネットとミックステープ、セレブ・カルチャーから炎上問題、そして世論との関わり方まで、どんどん巨大化するアメリカのヒップホップ・シーンと、ヒット曲が生まれる仕組みについて。

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iTunesプレイリスト(入退場時のBGMとして使用したもの)

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Youtubeプレイリスト(レクチャー内で使用したもの)
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「牧村カフェ」6/29夜・限定12名さま

・music is music レクチャー・スピンオフ篇
満席御礼・締め切りました。

牧村憲一が選曲する音楽を、小さなバーで、気軽なトークとともに楽しみましょう。限定12人(応募者多数の場合は抽選)。

場所:JR・地下鉄目黒駅から徒歩8分のバー。詳しくは当選者にのみにご案内。
日時:2017年06月29日(木曜)・18時〜20時(20時半・完全撤収)

料金:2,000円/人(事前お支払い必須・Paypalによるセキュア・システム・お支払い方法は、クレジット・カードあるいはPayPalクレジット・会員登録等は不要)。
備考:ドリンクご注文必須ではありませんが、持ち込みはご遠慮ください。ドリンクは実費で、現地でお支払いただきます。バーですが、ソフトドリンクもあります。食事はありません。
内容:レコード(などの)音楽+牧村憲一によるトーク。詳細はシークレットです。

応募方法:info (at) musicismusic.jp あてに、メールで、下記の内容をお書きいただき、ご応募ください。締め切りは6月19日(月曜)24時。抽選のうえ、6月21日(水曜)には返信いたします。

paypal.com、およびmusicismusic.jpドメインからのメールを受信できるように設定してください。 抽選への当選と、その後の事前お振込で、確定になります。6月21日より前に「当落の結果」などをお問い合わせいただいても、返信できません。ご了承ください。

メールにお書きいただきたい内容
・お名前をカタカナ・フルネームで。(必須)
・paypal.comからのメールが確実に受け取れるメールアドレス。お2人ご希望の場合もアドレスは1つでOK(必須)。
・人数:お1人 あるいは お2人。(必須)
・牧村憲一へのリクエスト(楽曲ではなくトークのテーマなど)があれば。(オプション)

以上です。ふるってご応募ください。
主催:一般社団法人MAM

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