フランス在住の歴史学徒に「黄色いベスト」について聞いてみる(パート1)

マスヤマ:ユウタくん、ブログの連載「黄色いベスト運動」を、とても興味深く読んでいます。まだ続いている最中ですが、せっかくこの「とりま。」という場もあるので、いくつかコメントと質問です。

私は、たまたまこの数年、パリに何度か行っているし、フランス語はできないけれどフランス人の知り合いも少しは居るので「シャンゼリゼが燃えている」や「スタバがメチャクチャに壊されている」映像を見ても、ほとんどびっくりしません。とはいえ、ユウタくんの学生に近い人が爆発物で片手を失うという話は衝撃だし、東京の安全さにあらためて感謝したくもなります。

一方、長い目で思い出すと、2002年にユーロの現金が導入されたとき、直感的に「これ無理!」と思いました。私が最初にヨーロッパに行ったのは、なんと1972年という昔で、その頃に見たギリシャやイタリアなどが、ものすごく(良くも悪くも)前近代的なことを知っていたからです。あんな国の田舎のお婆ちゃんたちが、国が決めたからといってすぐにユーロを使うようになる、というイメージがまったくわきませんでした。

しかし、政治と経済の力は強く、その後はそれなりに安定した「ユーロ圏」ができつつあるように見えていました。10年くらい前ですが、ヨーロッパの空港でたまたま近くに居たので話していた(欧米で、そういうことはよくある)ビジネスマンと国籍の話になり「私はヨーロッパ人です、以上」的な答えが返ってきて印象に残っています。

さらにしかし、(歴史学徒にはシャカにセッポウですが)歴史には「揺れ戻し」がありますよね。黄色いベストに限らず、ここ数年のユーロ(EU)圏の状況は、ヨーロッパが今でも、何百年も続いた血なまぐさい戦いの歴史を生きているんだな、と嘆息したくなるほどに見えます。

さて、質問です。
・フランス語のメディアやコメントで(ユウタくんが見る限りで)、これを「階級闘争」と明確に位置づけている動きはありますか?

・マクロンが辞めざるを得ないような状況はあり得るんでしょうか?

ジニ係数を見る限り、フランスは急激に「格差や不平等」が広がっているようには見えないし、EU圏の中で突出して高い、ということも無さそうです。それはそれとして「格差や不平等」への不満が溜まっていて、燃料税の値上げで爆発した、ということでしょうか。そんなに単純化できる話では無いとも思いますが

とりあえず、ここまです。(マスヤマ)
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世川祐多から
リアクション1. 体感するユーロ・体感する非現代社会としての欧州

引用「長い目で思い出すと、2002年にユーロの現金が導入されたとき、直感的に「これ無理!」と思いました。私が最初にヨーロッパに行ったのは、なんと1972年という昔で、その頃に見たギリシャやイタリアなどが、ものすごく(良くも悪くも)前近代的なことを知っていたからです。あんな国の田舎のお婆ちゃんたちが、国が決めたからといってすぐにユーロを使うようになる、というイメージがまったくわきませんでした。(マスヤマ)」

これは、人間の感覚の問題と、ヨーロッパの社会構造の変わらなさが端的に表されていると思いました。まず、経験するか否かということが、現実の状況をより実感できるか否かに大きく関わるというクリティカルなご指摘です。

たとえば、私の祖父母は東京大空襲を体験しており、私は孫でこそあれ、体験していない。すると、東京の住まいの両国には慰霊堂もありますし、空襲のドラマとか写真を見ていますが、おぞましいこととは思えても、究極には体感していないから、僕には感覚として空襲下を逃げ惑うのがどんなに怖かったかわからないのです。

マスヤマさんが、半世紀近く前の欧州を実際に歩いて、目で見て、現地の金を使ってという体験の中で、今のユーロという統合通貨を感覚的かつ現実的に知っていることは、僕の感覚より遙かに深い洞察と分析をもたらします。その感覚「これ無理!」は正しかったわけです。

もっとも、こっちの人たちも、「ヨーロッパの統合、経済的にも強い一つのヨーロッパのため」と信じて、辛い物価高の中で、「ユーロはそれでもいいことだ」というように思い込もうとしてきましたが、もうそれは無理だというところに差し掛かったのだと感じています。

また、私と同じ30歳前後の人は、10歳ぐらいまで通貨はフランでしたから、物価が安かった時代をなんとなく知っています。私も子供の頃、ちょっとタバコ買ってきてと、カートン買いさせられてましたから、3,000円ぐらいもらって、残りはお駄賃になっていたのに、最近日本でタバコを買うと倍はするので、いかにタバコが値上がりしたか痛感できるのです。

フラン時代を本格的に知っている中年層以上になれば、「フランだった昔はよかったのに!」という思いを購買のたびに常に感じながら生活しているのです。そういう人たちがよく例えるのは、みんな「昔はクロワッサンが、カフェオレが…」というものです。この点、すでにフランスに行った時にユーロであった僕の感覚の乏しさとは大きく違います。

このクロワッサンの値段を回顧するノスタルジックなサイトを見つけました。80年代には、2フラン40円ぐらいだったクロワッサンは、いまや、1ユーロ弱、120円するわけです。パリではもっと高い。常食であるパンがこんな按配ですから、飲み物、外食となると、途轍もない物価高となっており、消費できない社会となったことは明白です。

大学の近所のチェーンパン屋でさえ、ちょっとサンドイッチを買って、飲み物つけると1,000円です。普通の学生はだれも買っていません。パリでカフェに入った人なら、昼飯で1人軽く25ユーロ・3,000円ぐらいは行ってしまうことをお分りいただけるでしょう。日本では1,000ベロもありますし、3,000円あれば、十二分に居酒屋で酒肴を食べられます。

人々の感覚こそが、実際の数字で測る景気にまして、人々の思考や、政治への欲求につながっていくものだと思います。また、ヨーロッパが構造として前近代的というか非現代的というのは、日本人なら観光客でもわかると思います。

パリのメトロはほとんどが、作った当時のままで、エスカレーターもなく、車両はいつまでも古いし、その小ささをして、現代の人口増加にすら耐えられません。それでいて郊外まで路線を延長するから、小さい車体で、ただでさえ短い編成のメトロが常時満員電車となってしまうように、昔のものに、継ぎ足し継ぎ足しでやっていく欧州のものづくりへの姿勢は、現代の必要を満たせません。

さらには、この社会構造の現代化のスピードも、西欧と東欧などでは異なってきます。例えば、産業がフランスよりもさらに遅れているチェコは、旧式の車や、いかにもな共産の街並みが残るし、そもそも、EUなのにユーロではありません。社会整備費が国家財政に追いつかず、ユーロへの移行がサスペンドされているわけです。ですから、ユーロなり円を両替した後は、物価は安いし、為替はいいし、一時的に金持ち感覚に陥ります。

旅行者にとっては、確かに、小国乱立の欧州にあって、単一通貨でしかも、飛行機は国内線として、国境はなし、というものは楽ですが、欧州の各国は一つの欧州なのに生活レベルが違うので、生活者の目線では、楽ではありません。逆説的に、フランスでよく言われる笑ってしまう話があります。

「スイスで働いてフランスで住む」

教員の間でもそうです。フランスは公務員の給料はよくないので、教員といっても貧乏です。しかし、勝ち組は、スイスの大学に就職する訳です。スイスの平均月給は、2014年で4,000スイスフラン=3,270 euros=37万ぐらい。フランスの倍。

物価は高いですが、給料もいいということで、スイスで働いてフランスで暮らすというのは、憧れな訳です。スイスはEUに加盟しようとしたこともありましたが、結局長期的に見て利がないと判断しやめました。イギリスは入ってみてやめることにしました。

この両国は、グローバル化で亡国になることを知っており、大きな流れに巻かれない、国家の独立自尊を知り、結果国民の生活を守るということで、立派だと個人的には評価しております。イギリスはEUでも、ユーロにしませんでしたし、ユーロでない国が、強くなるために単一通貨にしたユーロに勝つと言うことは、本末転倒なことでありました。(世川祐多