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mim レクチャー #10 輪島裕介さん(大阪大学)・資料集と補足

環太平洋・間アジア視点から見直す日本ポピュラー音楽史

2018/07/28 輪島裕介

Playlist:
https://www.youtube.com/playlist?list=PLofNvvSGnd26ydb13o6FYr3QzBzWzo9Es

  • レクチャーの意図:海外「からの」影響だけではなく、海外「への」影響も含めて日本の大衆音楽史を考え直したときになにが見えてくるか?
    →「洋楽受容史」ではない語り口<

  • 日本のポピュラー音楽は、日本の人々がアジアを含む「世界」での受容を強く意識し始めた1990年代〜21世紀に先行して強い影響力を持っていたのではないか。つまり、「クールジャパン」を言い出したときにはすでに「クール」ではなくなっていたのではないか? そのことをどう考える?

    1 カタコト歌謡と環太平洋

    昭和のはじめに外資系レコード会社が「ジャズ・ソング」の形式をもたらしたのが「流行歌」の直接的な起源といえる

  • バートン・クレーン「酒がのみたい」:当時の「ジャズ・ソング」の新奇性と滞日アメリカ人によるバイリンガル・カタコト日本語歌唱

  • 川畑文子「上海リル」:日系アメリカ人歌手(二世歌手)の相次ぐ来日
    日本におけるジャズ・ソング/流行歌のモダン性、アメリカにおける日系エンタテイナーの活動の難しさ、アメリカの主流的音楽におけるエキゾティシズム

  • ディック・ミネ「ダイナ」:日本語母語話者による英語風歌唱法

    ディック・ミネはもともとダンスホールのバンドのドラマーで、ドラムが入らず英語詞ではないタンゴやハワイアンをでたらめな歌詞で歌っていた。「英語風発音の日本語」はその延長上の、バンドマン的な遊びだったのではないか。ちなみにこの録音のスチールギターもミネ本人。この歌い方にGOを出したのは、当時テイチクの重役待遇でプロデューサー的な業務も行っていた古賀政男といわれる。

  • 二世歌手とニセ二世歌手による古賀メロディ「恋は荷物と同じよ」:古賀メロディが暗く悲しいものだけではないこと、そして当時のモダン文化の一翼を担っていたことがわかる

  • 灰田勝彦「こりゃさの音頭」:二世歌手のハイブリッド音楽の最高峰

2 台湾語混血歌謡から台湾語ロックへ
1950年代末〜60年代台湾における、同時代の日本の流行歌の台湾語カヴァー(混血歌)の隆盛。その背景としての国民党による台湾語抑圧。そのシンボルとしての「黄昏的故郷」。
一方で、戦後日本歌謡史における「民謡調流行歌」と三橋美智也の重要性を再認識し、「演歌」言説によって切断された歌謡史の連続性を再発見する。

・越境する郷愁:「黄昏的故郷」をめぐって

  • 三橋美智也「赤い夕陽の故郷」(1958

    「流れ者」の題材、C&W風ギター、3連リズムと弱起メロディ等々、西部劇的要素が「民謡調」の発声で歌われる(小林旭「ギターを持った渡り鳥」の元ネタ?)。作曲は、戦前にミルズ・ブラザーズ風のジャズ・コーラス・グループのコロムビア・リズム・ボーイズを率いた中野忠晴。当時の流行歌の近代性と土着性をかなり高い次元で融合した楽曲であり歌唱?

  • 文夏「黄昏的故郷」(1958

  • 編曲はほぼ完コピ、歌詞も直訳。60年代後半以降「禁歌」となる。また、(主に政治的理由で)台湾を離れた人々の愛唱歌となる。

  • 伍佰&陳昇によるカヴァー

  • 1987年の戒厳令解除後の台湾アイデンティティの高まりとともに、インディ・ロックの文脈で(中国語ではなく)台湾語ロックを歌い始めた若い世代からも再注目される。伍佰&陳昇はその代表格(今や超大御所)。「禁歌」としての来歴が真正性を高めた?
    (参考・戒厳令解除年記念の禁歌コンサートでの文夏の演唱。アレンジは陳昇版をとりいれている。)

  • (*補足:蔡英文の総統就任イヴェントで原住民の歌手・巴奈(Panai Kusui)によって歌われたヴァージョン。ここでの「故郷」は原住民が回復すべき土地という含意を強く持つ。

橋幸夫「恋をするなら/墓仔埔也敢去」三態

  • 伍佰

  • 陳昇&橋幸夫

  • 蔡依林

(補足・レクチャーでは十分言えなかったこと。三橋美智也や橋幸夫は当時においてはきわめて重要だったけれど、現在では「演歌」の文脈でも「Jポップ」の文脈でも顧みられにくい存在である。むしろそれゆえに、当時の流行歌の多様性をわれわれが新たに発見し再解釈するための手がかりにもなるのではないか。それは60年代後半に大きな断絶を認めるような日本大衆音楽史観に別な視点を付け加えることにもつながるだろう。そのために、彼らの楽曲が台湾でカヴァーされ続けているありかたがとても示唆に富んでいるように思われる)

3 ダンスリズムの伝播と土着化
戦前から現在まで、ダンスと結びついたポップ音楽(音楽と結びついたダンス)は、身体という媒介を通じて越境し、土着化してきた。先の「恋をするなら」も「サーフィン」なる「ニューリズム」の一環として企画されたものだった。ダンス音楽の伝播と土着化は、活字と音盤による観念的な「洋楽受容」とは異なって、猥雑で官能的な(それゆえに文化的境界を越えやすい?)感受性に依拠していたのではないか。

・環太平洋的音楽家としての服部良一
白系ロシア人(ウクライナ系)のエマニュエル・メッテルに作曲と管弦楽法を習い、大阪のダンスホールで演奏し、松竹の道頓堀ジャズ・レヴューを東京に持ち込み、戦時中を上海で過ごし、戦後はブギで大当たりし、香港映画音楽の父となる。

  • 服部良一作曲「ジャジャンボ」:日本では空振り、香港で大成功

  • フィリピン発オフ・ビート・チャチャの様々な土着化
    *カーディング・クルス楽団「パチンコ」からドドンパへ(日本)

  • ドドンパ最大のヒット「お座敷小唄」の台湾語版「酒場情話」

  • 江玲「春的夢(支那の夜)」(香港):大東亜共栄圏宣伝歌から占領軍兵士の愛唱歌へ

  • 黃清元「人生是苦杯」(シンガポール):60年代にシャドウズの影響下にエレキ・バンドのサウンドを定着させたThe Stylersがバック。OBCは「本格的」な英国風(シンガポールは元英領)ロックとは別に、華人の若者が日曜の午後に楽しむ社交ダンスのリズムとして人気があったらしい。そのため、台湾や香港経由で入ってくる楽曲の編曲が多く、そのさらに元ネタが日本である場合もしばしばあったようだ。この元曲は「ヤットン節」。1950年代初頭の酒飲み歌で、当時、占領期日本において(米兵や朝鮮戦争成金の乱痴気騒ぎとの観念連合で)「植民地的」「退廃的」と激しく非難されていた。当時のインテリや文化人が忌み嫌った「俗悪な流行歌」の典型。

  • John Teo & The Stylers, “I love Boh Boh Cha Cha”: 1970年代の日本社会の記憶がある人なら誰でも知ってるあの曲のカヴァー。boh boh cha chaはマレー風デザートの名前。もちろんリズムのcha chaとかけている

  • (当日紹介できなかったネタ:

    ①戦前上海の懐メロのチャチャ編曲にあわせてご婦人たちがラインダンス。現在OBCといえばこれがイメージされるらしい。

    ②台湾原住民アミ族のチャチャ。原曲はあの曲(実は和製ボサだった!)

    ③近年の台湾映画主題歌でのチャチャ(2015)。北京出身の富豪青年と台湾南部出身の令嬢の結婚に際しての両家の文化的風習の衝突を主題にした正月の娯楽映画で、派手で下世話な「台湾南部の宴」の象徴として用いられている
     映画はこちらから。

  • Namewee黃明志「泰國恰恰Thai Cha Cha」(2017):”You’re not Thai People. You don’t know Thai Cha Cha”. Nameweeはマレーシアの華人で台湾に留学していた音楽家兼映像作家。アジア各国のエスニック・ステレオタイプを極端に増幅して露悪的な笑いをとるスタイルが特徴。つまり「いかにもタイ的」な意匠としてタイ・チャチャが用いられている。

    結:日本ポップの批評的(かつノスタルジー的)再解釈

  • 日本・香港・韓国のダンシング・ヒーロー詰め合わせ:ビデオ作成者はシンガポールの代表的メディア研究者のLiew Kai Khiun. 彼との対話が今回のレクチャー全体に大きく影響している

    和製洋楽ユーロビート→全盛期広東語ポップ→日本でのバブル再解釈(誤読)→K-POPへの取り込み→韓国のアイドルオーディション番組でのAKBメンバーによる演唱。東アジア大衆文化におけるJからKへの中心の移動?

  • 9m88(台湾)によるPlastic Loveカヴァー(2017):80年代ベストテン番組へのオマージュ。「かつて憧れた日本」へのノスタルジー? 80年代日本のシティポップの「かつて憧れたアメリカ」と同型?

  • 2020年に向けて、または英語風日本語から日本語風英語へ

    (「東京五輪音頭2020」との差に愕然…)

mim レクチャー #07 増田聡さん(大阪市立大学)・資料集

音楽のパクリについて

増田聡(大阪市立大学准教授・音楽学)

「どこまで似てたらパクリなの?」「パクリとリスペクトの境界ってどこ?」といった(よくある)疑問にはあまり答えられないかもしれません(すみません)。その代わり、われわれが何かを「パクリ」と呼ぶとき「そこで何が起きているか」を美学/芸術哲学の視点からやんわり眺めてみます。
「よく似たメロディ」と「同じメロディ」は「同じ」なのでしょうか? いろんな「よく似た」ポップスを聞き比べながら考えましょう。
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Todd Rundgren “Good Viblations” (1976)
The Beach Boys “Good Viblations” (1966)
トッド・ラングレンによるビーチ・ボーイズのカバー。通常、ポップスではこのような「原曲そっくり」を目指すカバーは行われない。カバーにおいてはほぼ必ず「なんらかの(あたらしい)創作」が行われている。
The Jimi Hendrix Experience “Purple Haze”
Kronos Quartet “Purple Haze”
The Shamen “Purple Haze”
「パープル・ヘイズ」の原曲とカバー2つ。ポップ・ミュージックにおける通常のカバーはこのようなもの。
10cc “I’m not in love”
ザ・ゲロゲリゲゲゲ「I’m Not in Love」(『パンクの鬼』収録)
アルバム曲名表を参照して聴いてください↓
ザ・ゲロゲリゲゲゲによる10ccの「カバー」。これは実質的にはカバーとは言い難いが、形式的には(原曲のタイトルが名指され、その「演奏」として扱われている点で)「カバー」であると見なさざるをえない(ちなみにJASRACへの著作権料支払いは行われていない)。
ポップ・ミュージックにおけるカバーは、トッド・ラングレンとゲロゲリゲゲゲのそれを両方の極とする範囲内で、さまざまなかたちで別作品を参照しつつ「創作」を行い、「同じ曲の異なる演奏」と称する。カバーとは「原曲を再び演奏したもの」というより、二つの「違う曲」の間に構築されるリンク関係と理解する方が適切。
日本で「音楽の剽窃」が争われた裁判例は現時点で二つのみ。
「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」事件と「記念樹」事件
Tony Bennett “Boulevard Of Broken Dreams”
「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」事件で「剽窃された」と訴えがあった原曲(もとは1933年の米映画の主題歌)
石原裕次郎「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」(当日は越路吹雪・歌で聴いた。YouTubeで聞けないためこちらを挙げておく)
「剽窃した」と訴えられた曲。裁判では原告敗訴、つまり「この曲は剽窃ではない」という判決がくだった。
「どこまでも行こう」
「記念樹」事件で「剽窃された」と訴えがあった原曲。ブリジストンのCMソング。
「記念樹」
「記念樹」事件で「剽窃した」とされた曲。こちらでは「ワン・レイニー〜」事件と異なり原告勝訴。つまりこの曲は「著作権侵害」とされ現在ではCDは廃盤。
裁判によって「剽窃」とされた曲であるが、「ワン・レイニー〜」事件の両者と比べて明らかに「こちらは剽窃」と言えるだろうか?
オレンジレンジ「ロコローション」
リリース当初は自作曲だったはずが、2004年紅白歌合戦の放送ではGerry Goffin & Carole Kingの作詞曲と表記され作曲者クレジットの変更が発覚。ネット世論や週刊誌で炎上。のちに、ゴフィン&キングの音楽出版社からのクレームでクレジットが変更された事実が明らかになる。
Little Eva “Loco-motion”
ゴフィン&キングによる「原曲』。しかしそんなに似ていない…(「ロコローション」のサビ終わりのフレーズが “Loco-motion”のAメロと似ているのみ)
Shampoo ” Trouble”
むしろ全体的な構造としてはこちらが「ロコモーション」の雛形となっているように感じられる。
音楽的類似性よりも「タイトルの類似性」という文脈が「パクリ」の認定に影響した一例。
TINY BRADSHAW “THE TRAIN KEPT A-ROLLIN”(1951)
ロック・クラシックの「トレイン・ケプト・ローリン」の原曲。
Johnny Burnette Trio “Train Kept A Rollin'”(1956)
ブラッドショウのバージョンとかなり印象が違うが、著作権者はブラッドショウ。
The Yardbirds “Train Kept A Rollin'”(1965)
著名なヒット・バージョン。著作権者はブラッドショウだがバーネットのギターリフを下敷きとしたサウンド。
サンハウス「レモンティー」(1975)
日本ロック史初期の「お手本の模倣」。明らかにヤードバーズの「トレイン・ケプト・ローリン」が下敷きになっているが、著作権者はサンハウス名義。
音楽的な創作性の継承関係と著作権クレジット(お金の行き先)が別のロジックに属していることがわかる。
Led Zeppelin “The Lemon Song” (1969)
ハードロックの祖であるツェッペリン作曲として当初リリースされたこの曲も、シカゴブルースの大物であったハウリン・ウルフ(ブルースブームであった当時の英国では著名だった)の曲の剽窃であると非難され、のちに作曲者クレジットが変更された。
Howlin’ Wolf “Killing Floor” (1964)
ベースラインの類似性に注目(こういう場合は「注耳」と記すべきか)。しかしこの時点では生成途上にあったハードロックが、音楽史の中に確固とした位置を占めた歴史を経たこんにち、ツェッペリンとハウリン・ウルフによる二つの曲は「全く別物」に聞こえてくる。そのことは、音楽の類似性を発見し「パクリ」とみなす聴取のありようが、歴史的な聴取の文脈変容、すなわち「音楽のどの側面を重要なものとして聴いているか」の違いに左右されているという事実を指し示している。

 

mim レクチャー #05 渡辺志保さん 資料集

    「米ヒップホップ・シーン、ヒットの仕組と傾向」
    インターネットとミックステープ、セレブ・カルチャーから炎上問題、そして世論との関わり方まで、どんどん巨大化するアメリカのヒップホップ・シーンと、ヒット曲が生まれる仕組みについて。

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iTunesプレイリスト(入退場時のBGMとして使用したもの)

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Youtubeプレイリスト(レクチャー内で使用したもの)
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mim レクチャー #04 冨田ラボさん・資料集

冨田ラボ「録音された音楽作品の聴き方」
70年代~現代の録音作品から聴こえていること+聴き手への作用の分析、考察
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使用ソングリスト解説

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1.mim_Lecture_1_1968

本論である70年代以降に入る前に、ポップス録音としては重要である60年代にも触れておくことにしました。ポップス(ロック)、ブラック・ミュージック、ブラジル、アフリカ、そしてジャズを68年作品に限定して連続再生しました←5秒~10数秒単位。60年代を本論から省いた理由、抜粋を68年作品に限定した理由も説明しました。

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2.mim_Lecture_2_Al_Jarreau

まず76年リリース「Rainbow In Your Eyes」を分析しました。ジャズ・シンガー → ポップ・シンガー への変遷を考察しました。80年リリース『This Time』より「Never Givin’ Up」を分析、ポップス作品としての完成度の理由を考察しました。

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3.mim_Lecture_3_SD

書籍「ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法」に関連する小ネタから始めました。楽曲分析としては「The Goodbye Look」を補足しました。冒頭採用された当時最新鋭のデジタル・シンセのデモ演奏を動画で確認しました。曲中盤での定位への厳格なこだわりに言及し、別曲の例として「Black Cow」のI~A前半を解説しました。Cセクション締めの(構造的にたいへん重要な)ヴォーカル・フレーズが2コーラス目では歌われず、ギターにより演奏されるという特徴的、効果的な手法について、楽曲を通じてギターがサブ・メロディとして機能しているという観点を追加して論じました。

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4.mim_Lecture_4_Earth_Michael_Lo-Fi

Eart Wind & Fireの80年リリース『Faces』を題材に、エンジニアリング、オーディオという観点を中心に論じました。一曲目「Let Me Talk」を中心に、マスタリング4種も聴き比べました。

ジョージ・マッセンバーグのエンジニアリングについて言及する際、Tubes『Outside Inside』から2曲のさわりを再生しました。補足しますと『Outside Inside』のミックスはウンベルト・ガティーカが中心(D・Foster_Pro作品)ですが、再生した2曲(もしかしたら+あと1曲)のみマッセンバーグ・ミックスです。リアルタイム初聴時、情報なしでその2曲に圧倒的なクオリティを感じました。

Michael Jackson『Off The Wall』を駆け足で分析、考察しました。ブルース・スウェディンについてももっと言及する予定でしたが、ここで時間切れ。

この項ではエンジニアリングという観点から80~90~00~10年代という変遷を解説することを予定していました。ヒップホップ、Lo-Fiという概念、質感というワードの登場、メインとオルタナティヴという図式の崩壊、すべてが並走するイメージなどをプレイリストを聴きながら考察する予定でした。

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5.mim_Lecture_5_00~10’s

ここでは近年の作品について解説する予定でした。現代ジャズ、ブラック・ミュージック、リズム~ドラミングといった項目が予定されていました。

URL表にあるように、動画も絡めた考察が多くなったと予想されます。Tank and The Bangas とNo Name について、前者のパフォーマンスの素晴らしさと、しかしその良さを表現できている音源の不在(近年リリース作がない)、後者の音源の素晴らしさ(しかも無料というソーシャル・エクスペリメント周辺の手法)と、パフォーマンスから感じられる質感の乖離について考察する予定でした。

リズム~ドラミングについては、訛りとメトリックモジュレイションを動画で解りやすく解説する予定でした。

マシン・ドラム、サンプル由来の訛りの源流を体験するため、該当するビートを含むプレイリストを項目_1の68年リストのように数秒単位で抜粋再生する予定でした。

参考URL

タンク アンド ザ バンガス

ノーネイム

アンダーソンパック

 

ロナルドブルーナー

 

ジュリアナ

 

トニー

cheis dave

Vinnie

Daniel Lanois opera

ホセ ジェイムズ スペイヴン

ハイエイタスカイヨーテ

DSK Synerzy